脳機能改善のための栄養素について(3)クリルオイルの有効性|株式会社シクロケムバイオ
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2014.1.21 掲載

脳機能改善のための栄養素について(3)クリルオイルの有効性

このシリーズ、『脳機能改善のための栄養素について』では、(1)総論からn-3不飽和脂肪酸の有効性序論(2)n-3多価不飽和脂肪酸の有効性で、n-3多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)の脳機能改善のための有用性について説明してきました。しかし、このn-3 PUFA含有油には、(図1)に示すように、魚油、たとえば、イワシオイルに代表されるようなグリセリンに結合したトリグリセリド(TG)のタイプとクリルオイルに代表されるようなグリセリンやスフィンゴシンにリン脂質とともに結合したリン脂質のタイプがあり、それぞれの構造上の違いから小腸内で酵素分解した後の物質の溶解度や吸収性にも違いがあります。

図1. リン脂質とトリグリセリドの構造と小腸内での酵素分解
図1. リン脂質とトリグリセリドの構造と小腸内での酵素分解

リン脂質に結合しているリン酸は親水性であり、疎水性の脂肪酸部位と共存しているため、リン脂質は界面活性剤のような両親媒性を示します。よって、生体内においてリン脂質はトリグリセリドに比べて細胞間、細胞膜内外での物質移動がスムーズであり、n-3 PUFAはリン脂質の形態で血液脳関門を通過することが知られています。

そこで、ここでは『n-3 PUFA高含有のリン脂質(ホスファチジルコリン)であるクリルオイルとn-3 PUFA高含有のトリグリセリドであるイワシオイルを摂取した際に、どちらがヒトの脳機能の改善に有効か?』について、日本女子大グループの興味深い報告結果がありますので、難しい用語を解説しながら、なるべく判りやすく簡潔に紹介しておきます。

この検討は60歳代と70歳代の健康な45名の男女被験者を15名ずつ3グループに分け、それぞれクリルオイル含有サプリメント、イワシオイル含有サプリメント、そしてプラセボとして中鎖脂肪酸トリグリセリド含有サプリメントを12週間摂取してもらっています。

そして、被験者には、サプリメントを摂取する前、6週間後、12週間後に作業記憶課題と計算課題を遂行してもらい、その際の被験者の左右対称の前頭前野外側部中の酸化ヘモグロビン濃度コラム①参照)と事象関連電位コラム②参照)を測定しています。尚、ここでは遂行した課題の詳細は省略します。また、被験者への各サプリメントの摂取量は(表1)をご参照ください。イワシオイルにはリン脂質が含まれないこと、しかし、イワシオイル中のEPAとDHAの含有量はクリルオイルよりもはるかに多いことが分かります。

表1. 各サプリメントのDHAとEPAの組成(1日投与量当たり)
栄養素 中鎖脂肪酸TG クリルオイル イワシオイル
全脂質(g) 1.98 1.98 1.98
トコフェロール(mg) 0 14 20
全脂質中のリン脂質(g) 0 0.90 0
EPA(mg) 0 193 491
DHA(mg) 0 92 251

注)被験者は朝食と夕食後の2度、1回に4カプセルを摂取(全脂質0.25g/カプセル)

作業記憶課題の遂行に反応した酸化ヘモグロビンの変化を近赤外分光法で測定しています。

図2. 近赤外分光法による酸化ヘモグロビン測定のためのチャンネル位置

酸化ヘモグロビン濃度変化を脳の左右対称の前面24ヶ所で測定。
測定したチャンネル位置を数字で示している。

図2. 近赤外分光法による酸化ヘモグロビン測定のためのチャンネル位置
図3. 作業記憶課題遂行中の酸化ヘモグロビン濃度変化
図3. 作業記憶課題遂行中の酸化ヘモグロビン濃度変化

その結果、前頭葉前部のチャンネル10で酸化ヘモグロビン濃度に変化がみられました。クリルオイルとイワシオイルを12週間摂取したグループは中鎖脂肪酸トリグリセリド摂取グループより酸化ヘモグロビン濃度に大きな変化がみられており、特にクリルオイルにおいて顕著でした。

図4. 作業記憶課題遂行中のチャンネル10における酸化ヘモグロビン濃度変化
図4. 作業記憶課題遂行中のチャンネル10における酸化ヘモグロビン濃度変化

加齢は、局部的な脳の血流を減少させ、脳機能の低下を引き起こします。加齢やこの作業記憶課題の遂行は、チャンネル10に代表される前頭前野背外側部の活性が低下(脳機能が低下)しますが、この研究結果によって、クリルオイルやイワシオイルの長期摂取は、高齢者の前頭前野背外側部を活性化させ、作業記憶機能を向上させることが判りました。

次に、計算課題の遂行に反応する酸化ヘモグロビン濃度の変化をみています。

図5. 計算課題遂行中の酸化ヘモグロビン濃度変化
図5. 計算課題遂行中の酸化ヘモグロビン濃度変化

その分析結果、左前頭野(チャンネル15)においてクリルオイル摂取グループは、12週目に中鎖脂肪酸トリグリセリド摂取グループと比較して、酸化ヘモグロビン濃度がより大きな有意な変化を示しています。

図6. 計算課題遂行中のチャンネル15における酸化ヘモグロビン濃度変化
図6. 計算課題遂行中のチャンネル15における酸化ヘモグロビン濃度変化

計算課題の遂行中に、クリルオイル摂取グループは、中鎖脂肪酸トリグリセリド摂取グループで見られる変化と比較して、左前頭野(チャンネル15)中の酸化ヘモグロビン濃度がより大きな有意な変化を示しています。脳の左側は、一般に計算を遂行する事を支配していると考えられていますので、この検討結果によって、クリルオイルの摂取が計算能力の機能を高めることが判りました。

事象関連電位(コラム②参照)のP300成分を調べたところ、グループ間での振幅には差がなかったものの、クリルオイル摂取グループは中鎖脂肪酸TG摂取グループと比較してP300の待ち時間では有意な減少を示しています。P300の待ち時間は、情報処理速度を反映していて、加齢とともに長くなることが知られています。ところが、クリルオイルを12週間摂取することで情報を処理する速度を高めたことになります。つまり、クリルオイル摂取は加齢による脳機能低下を改善する効果を持っているようです。

EPAとDHAの含有量は、クリルオイルよりもイワシオイルの方がはるかに高いにもかかわらず(表1参照)、脳機能改善効果についてはクリルオイルの方が明らかに高いことが判明しました。この結果は、リン脂質結合型n-3 PUFAの方がトリグリセリド結合型n-3 PUFAよりも有益な効果をもたらすことを示しています。

コラム①:近赤外分光法による酸化ヘモグロビンの測定について

脳が局部的に活性化される際には、その局部に酸素が供給され酸素濃度が高まります。酸素はヘモグロビンと結合し、酸化ヘモグロビンとして血液中で輸送されています。そこで、近赤外分光法を用いて血液中の酸化ヘモグロビン濃度を測定することで、課題遂行から生ずる局所的な脳の活性化の程度を確認できます。

コラム②:事象関連電位(event-related potential、以下ERP)について

ERPは、思考や認知の課題を遂行した際の結果として計測される電気生理学的な脳の反応を示しています。ERPは脳波によって計測されています。ERP成分の中で、P300の反応は視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚などの刺激の種類に係わらず300ミリ秒付近で発生する陽性(Positive)の電圧変位を表しています。(ちなみにN400成分は陰性(Negative)の400ミリ秒付近の電圧変位ということになります。)P300成分は刺激の種類を問わないので、予期しない刺激や認知的に重要な刺激に対する高次の認知反応を反映していると考えられています。

近赤外分光法は比較的高い空間分解能を有しているので、それは活性域を突き止めるのに有用です。一方、事象関連電位は高い時間分解能の利点を持っています。