スキンケアのための科学(3) レチノール
いつまでも若く美しい肌を保つにはどうしたらいいのか、スキンケアのための科学について『まめ知識』を身につけていきましょう。このシリーズの(1)では色白美人のシワたるみ防御法について解説し、(2)では、シワたるみの原因である真皮内に存在する毛細血管のダメージ(老化)に対する対処法を紹介しました。今回は、シワたるみの生成抑制に有効なレチノイドの中でも安全性と効果を考慮した場合に最も美容液への配合が好ましいレチノールについて紹介します。
レチノイドには線維芽の活性化に伴うコラーゲンの生成促進によってシワやたるみの生成を抑制する効果や既に発生してしまっているシワやたるみを減少させる効果があります。
レチノイドの中では、レチノイン酸の最も高い効果のあることが分かっていますが、炎症及び発赤のような副作用を伴うため、日本において化粧品素材として利用はできません。その代わりに副作用の少ないレチノールが光損傷皮膚の治療のための効率と安全性の観点から化粧品用途では最も好ましいとされています。レチノールは肌に入るとレチノイン酸となって作用し、肌の生まれ変わりを促進し、衰えた細胞を排除します。(図1)
しかしながら、レチノールは非常に不安定な物質ですので、劣化しないように安定な状態で化粧品に配合し、肌に届けることが重要となります。
そこで、リポソームや脂肪酸グリセロールなどによる各種マイクロカプセル安定化技術を施した様々なレチノール化粧品が市販されています。しかしその多くは機能性成分の中でも特に不安定なレチノールを十分に安定化することは出来ていません。
市販製品のレチノール安定性を評価したところ、殆どの製品が開封後に短期間で分解していくことが判明しました。さらには、開封直後、既に分解している製品も見受けられました。その様な中、レチノールの安定化のためにシクロデキストリン包接体が開発されました。包接化によるレチノールの安定性がこれまでのリポソームやトリグリセリド製剤と比較して飛躍的に高いことが図2に示されています。
また、この包接体を配合したクリームやジェル化粧品の効能評価試験においてシワ減少効果や肌弾力性の向上が確認されています。
コラム:パルミチン酸レチノールについて
不安定なレチノールを安定化させたパルミチン酸レチノールを配合した美容液が市販されています。レチノールはアルコールですが生体内で酸化され、アルデヒドのレチナールに変換され、さらに、酸化されて最も効果の高いレチノイン酸に変換されます。ところが、パルミチン酸でエステル化されたパルミチン酸レチノールは安定であるためレチノイン酸への変換が容易ではなく、その結果、シワ減少や肌弾力性向上に対する効果は極端に低下します。よって、化粧品容器に記載された成分表示はレチノールなのか、パルミチン酸レチノールなのか、確かめる必要があります。
第一三共ヘルスケアのレチノール化粧品である『ダーマエナジー』が販売中止となりました。この化粧品を使用した方々に皮膚の炎症や肌荒れの被害が続出したためです。
なぜレチノール化粧品で肌荒れが起きたのでしょうか?
実は、配合されていた成分はレチノールではなくパルミチン酸レチノールだったのです。レチノールが不安定なのでパルミチン酸レチノールを使用していたのですが、当然、レチノールに比べると効果が極端に低いことから医薬部外品として大過剰に配合していました。さらに、飽和脂肪酸であるパルミチン酸が結合していますので、皮膚への浸透が高まったことも裏目に出たようです。その結果、シワ減少や肌弾力性の向上ではなく、多くの方々の肌荒れを引き起こしてしまったのです。
レチノールとパルミチン酸レチノールは異なる成分ですので気をつけましょう。
ところで、2016年9月に香川で行なわれた第33回シクロデキストリンシンポジウムにおいてレチノールの安定化に関する特別講演がありました。『レチノールの安定化にγ-シクロデキストリンは有効ではなく、逆に不安定性が高まり、α-シクロデキストリンを含むシクロデキストリン混合物の方が安定化には有効である。』といった内容の講演を行なっていました。
前述の図2の安定性比較と全く異なる内容です。じっくりとこの講演を聴いていると、検討に用いた成分はレチノールではなく販売停止の原因となったパルミチン酸レチノールを用いた検討でした。
飽和脂肪酸であるパルミチン酸と結合定数の高いα-シクロデキストリンと包接安定化したものと考えられますが、シンポジウムの特別講演としては大変お粗末な内容でした。