スポーツパフォーマンスにおけるポリフェノールの役割
クルクミン、レスベラトロール、ケルセチンといったポリフェノール類による健康増進効果に関する研究報告は数多くあるのですが、スポーツパフォーマンスに特化した報告はそれほど多くありません。そこで、「スポーツパフォーマンスにおけるポリフェノールの役割」という演題のイタリアの研究グループのレビューがありましたので紹介させていただきます。
Review : Deciphering the Role of Polyphenols in Sports Performance: From Nutritional Genomics to the Gut Microbiota toward Phytonutritional Epigenomics
V. Sorrenti et al., Nutrients, Received: 16 March 2020; Accepted: 27 Accepted 2020; Published: 29 April 2020
ポリフェノールは、果物、野菜、シリアル、お茶、チョコレートなどのさまざまな食品や自然界に存在し、抗酸化・抗炎症・抗菌・抗ウイルス・鎮痒・抗寄生虫など、さまざまな健康特性を持っています。これまで、スポーツパフォーマンスにおけるポリフェノールの効果についても研究されており、運動中の酸化ストレスや炎症を抑制することでパフォーマンスを向上するものと考えられてきました。しかしながら、ポリフェノールの効果は酸化ストレスと炎症の抑制に限られたものではありません。
ポリフェノールを摂取すると、小腸で、その5~10%が吸収されますが、残りの90~95%は大腸に移行します。大腸に到達したポリフェノールは腸内細菌叢との相互作用を通じて、代謝および認知機能にとって非常に重要であることが知られている細菌属のアッカーマンシア菌、乳酸菌、ビフィズス菌などの増殖を促進できます。また、腸内細菌は大腸内に移行したポリフェノールを代謝して、小さな生物活性分子を生成し、エピジェネティックな(遺伝子発現をコントロールするような)メカニズムを発揮することでスポーツパフォーマンスは向上します。
ポリフェノールが影響を与えることが知られている転写因子とその下流でどのような効果が見られるかを図2に示しました。
図2中の転写因子の説明:
- AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ):細胞エネルギーの恒常性維持における主要な制御因子。
- SIRT-1(サーチュイン1):細胞周期・細胞老化・アポトーシス・インスリン/IGF-1経路などを調節し、ストレス抵抗性や代謝に関与。
- NRF2:細胞周期・細胞老化・アポトーシス・インスリン/IGF-1経路などを調節し、ストレス抵抗性や代謝に関与。
- eNOS:内皮型一酸化窒素合成酵素
- PGC-1α:エネルギー産生や熱消費に関わる多くの遺伝子発現を制御
- FOXO3:酸化ストレス応答, 糖新生, 細胞周期停止, アポトーシス誘導などの生体機能に関与。
注目されているポリフェノール類の腸内細菌の変化、および、代謝産物の検討内容についても紹介されています。
まず、ウコンに含まれる機能性成分のクルクミンです。クルクミンは様々な健康増進効果が報告されていますが、スポーツパフォーマンスに与えるメリットとしては、筋肉疲労・筋肉量減少・筋肉痛を抑え、筋疲労を回復する物質として知られています。この「今、注目していること」でも取り上げています。
クルクミンによるアスリートのパフォーマンス向上
このレビューでは、クルクミンの腸内フローラへの影響について調べた論文が紹介されています。
マウス試験でクルクミン摂取によるファーミキューテス菌/バクテロイデス菌比率(F/B比)の変化を調べています。尚、肥満のヒトの腸内フローラはヤセ型のヒトに比べ、ファーミキューテス菌の比率が高く、バクテロイデス菌の比率が低いので肥満のヒトはF/B比が高くなります。
100mg/kg/dayのクルクミンを卵巣摘出マウスに12週間経口投与したところ、クルクミン摂取により、卵巣摘出によるF/B比の増加が抑制されることが確認されています。
また、クルクミンを摂取すると腸内のビフィズス菌・乳酸菌・酪酸菌の量が増加し、有益な微生物叢と病原菌との関係を大幅に改善することができます。
吸収型クルクミン製剤であるセラクルミンを0.2% w/w配合したエサを、マウスに18日間自由摂取させたところ、糞便中の酪酸産生菌はコントロールの約2倍に増加することが判りました。デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)で炎症性腸疾患を誘発させると酪酸産生菌は減少しますが、クルクミンを摂取することでコントロールと同等まで改善しています。また、酪酸産生菌の増加に伴って糞便中の酪酸量も増加することを確認しています。さらに、クルクミンは腸球菌、コリオバクテリウム、エンテロバクター科の増殖を抑制し、免疫調節作用と抗炎症作用を示すことで腸内バリアを強化できることも明らかとしています。
クルクミンの一部は腸内細菌の大腸菌によって還元され免疫強化に有効でクルクミンよりもさらに抗酸化作用の高いテトラヒドロクルクミン(THC)に変換されることが判明し、γ-シクロデキストリン包接によって代謝産物のTHCの生産量は高くなることをシクロケム社とワッカー社によって報告しています。
腸内細菌による機能性成分からの有益な代謝産物
クルクミン以外にも腸内細菌によってイソフラボンからエクオールなど、さまざまなポリフェノール類から有益な分子が生成することが判っております。このレビューではレスベラトロールやケルセチンからの代謝産物が紹介されています。
赤ワインに含まれることで有名なレスベラトロールは筋力や疲労耐性の向上や筋肉の再生促進に有効であり、骨格筋のミトコンドリア容量を増大してスポーツパフォーマンスを向上します。
腸内フローラに関して、レスベラトロールは乳酸菌やアッカーマンシア菌を増やしてくれるのですが、特に、アッカーマンシア菌は腸壁の粘液の産生を刺激して、腸管バリア機能を高め、糖代謝と炎症の抑制に役立つことが知られています。また、レスベラトロールはエンテロコッカス・ファエカリスの増殖を抑え、動脈硬化の危険因子であるコリンからのトリメチルアミンの生成を抑制します。
図5にはレスベラトロールの代謝産物である生理活性分子について示しています。
玉ねぎに含まれる機能性成分のケルセチンも肉体的・精神的なスポーツパフォーマンスの向上が確認されています。レジスタンストレーニング中およびトレーニング後の神経筋パフォーマンスを改善し、筋原線維破壊と筋力低下を抑制して、運動後の疲労回復時間を短縮することが知られています。
ケルセチンはケルセチン代謝酵素をもつバチルス・サブティリス(枯草菌)などの腸内細菌によって代謝され生理活性分子が生成することが明らかとなっています。
このように、ポリフェノールがスポーツパフォーマンスに与える影響は、これまで一般的に考えられていた酸化ストレスや炎症の低減だけではなく、腸内細菌叢との相互作用についても考慮すべきであること最近の研究で明らかとなっています。