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地球環境のいま ~現地からの報告~

パミール(1)パミール高原は「高原」ではない?

パミール高原は皆さんも学校で聞いたことのある地名かもしれませんが,高等学校の地理の授業でも詳しいことを学んだ人はほとんどいないと思います。写真1は,私が1999年にヘリコプターに乗った際に撮影した,パミール高原の西端部のようすです。

写真1:タジキスタン共和国大統領所有のヘリコプターからみたパミールの西端部

パミール高原の南東にはカラコルム山脈とヒマラヤ山脈が,南西にはヒンズークシュ山脈とスライマーン山脈,東にはクンルン(コンロン)山脈,北東にテンシャン(天山)山脈,北西にトルケスタン山脈があります。しばしば「世界の屋根」と呼ばれるパミール高原は,これらの大山脈が一カ所に集まる場所にあります。

日本語の「パミール高原」をそのまま英語に訳すと,Pamirsに「高原」の意味のplateauとかhighlandをつけることになりますが,実際にはPamirs Plateau (あるいはPamirs Highland)という英語地名が使われることはほとんどありません。ドイツ語圏では「パミール高原」に相当する言葉(Hochland von Pamir)が1933年発行の百科事典に載っているといいますが,一般に英語圏では単にThe Pamirsと呼び,パミール高原とは呼ばないのです。

では,なぜパミールは「高原」と呼ばれないのでしょうか?1911年版のブリタニカ百科事典には,Pamirsという項目があって,そこには,「パミールがチベット高原と似ているとよく言われるけれども実はそうではない」という内容の記述があります。パミール核心部(タジキスタン共和国の東部に相当します)を大きく東西で2つに区分して考えてみましょう。

東パミールは,ほとんどの地域で年降水量が200ミリメートル以下と,ものすごく乾燥した山岳砂漠からなっています。そこは緩やかな山脈列とその間の比較的平坦な高地の集合体で,東パミールだけを見ると「高原」と呼んでもあまり違和感がありません。

一方,西パミールでは,高所の年降水量が2,000ミリメートル以上にも達するといわれており,その結果,大きな氷河が発達しています。地形的には6,000~7,000メートル級の急峻な山やまが連なる大山岳地帯で,決して「高原」と呼べる地形をしていません(写真2)。面積的には「高原」と呼ぶにふさわしいなだらかな高地の方が少ないため,世界的には「高原」とは呼ばないようです。

立教大学の岩田修二先生は,パミールを山脈と盆地,峡谷の集合体として特徴づけています。つまり、日本の中学校や高等学校で使っている地理の教科書や地図帳にある「パミール高原」は,国際的にはおかしな表現だといえるのです。

写真2:西パミール核心部の山と氷河

また、どこまでパミールの範囲に入れるのかは,人によってさまざまです。タジキスタンを中心に狭い範囲(東西200~300キロメートル)をパミールと考えると,最高峰は西パミールのイスモイル・ソモニ峰(標高7,495メートル)になります。さらに東方向に広げて考えれば,中国最西部のコングール山(標高7,719メートル)とムスターグ・アタ山(標高7,546メートル)(写真3)が加わります。また、北縁はキルギス共和国南部のアライ山脈,南はアフガニスタンのワハン回廊までと考えることもできます。このワハン回廊は,女優の鶴田真由さんが訪れて日本人の間ではかなり有名になりました。

写真3:東パミール・ムルガブ村からみた中国最西部,ムスターグ・アタ山

パミールには1911年の地震でせき止められてできた巨大なサレス湖をはじめ,大小さまざまな面積の湖が1,000以上あります。そのなかでも最も大きな湖がカラクル湖(写真4)です。カラクル湖は標高3,915メートルにあり,霞ヶ浦2つ分以上の大きさ(面積約380平方キロメートル)の塩湖で,排水口を持たない湖(閉塞湖)です。

写真4:東パミールにあるカラクル湖とレーニン・ピーク(右端の山)。カラクル湖はパミール最大の湖で,ここに写っているのは北側の一部分だけ。レーニン峰は,キルギス共和国との国境にあります。

かつて,カラクル湖の面積が今よりもかなり大きな時代がありました。氷河が大きく,湖にまで達していた時代のことです。当時はパミールのあちこちに巨大な湖があったと考えられています。

乾燥したパミールの中にあって,かつて巨大な湖があった広い谷底は,現在ではさまざまな渡り鳥や,大型野生動物の生息場所として貴重な役割を果たしています。

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