株式会社シクロケム
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知る・楽しむ
サイエンストーク科学の現場
農学とシクロデキストリンの接点(1)

すべての科学者に科学の素晴らしさだけでなく地球や宇宙に対する責任が求められる時代

第5回目のゲストにお迎えしたのは、トマトとナスを合わせて「トマナ」、ピーマンとトウガラシを合わせて「ピートン」などをつくり、その種から生まれた子どもたちにどのような影響がみられるかを探究する、とてもユニークな研究で有名な東京農工大学農学府の平田豊先生です。今回は、平田先生のプロフィール紹介を兼ねて、農学を志した理由や大学・大学院時代からの研究の内容やご苦労ぶり、そして科学者としての心構えなどを中心に話が展開しました。聞き手の寺尾社長が同じ東京農工大学の客員教授をつとめている関係もあり、終始、和やかな雰囲気に包まれ、笑い声が絶えませんでした。

2009年2月掲載(この記事の内容は取材当時の情報です。)

平田 豊さん

東京農工大学農学府教授・農学博士

'73年名古屋大学農学部農学科卒業、'75年名古屋大学大学院農学研究科(栽培原論・育種学研究室)博士課程修了。名古屋大学農学博士号取得。専門はナス科植物の接木変異に関する遺伝学的研究。'79年岩手大学教育学部助手、'81年東京農工大学一般教育部生物学担当、'83年東京農工大学助教授、'90年東京農工大学農学府助教授('96年国際環境農学専攻設立)を経て、'06年東京農工大学農学府教授(農学研究科・国際環境農学専攻・植物遺伝育種学研究室)に就任、現在に至る。現在の研究テーマは「トウガラシの接木変異に関する研究」「アブラナ科植物のキメラ合成と細胞組織間相互作用に関する研究」「カンキツキメラに関する研究」「遺伝資源探索、開発・利用に関する研究」「バイオマス研究」など多岐に渡る。国際協力にも積極的に取り組む(中国・浙江大学とのザーサイ研究、ベトナム・カントー大学との遺伝資源利用研究、ベトナム・フエ大学との遺伝資源探索、評価研究など)。

寺尾啓二

(株)シクロケム代表取締役 工学博士 

'86年京都大学院工学研究科博士課程修了。京都大学工学博士号取得。専門は勇気合成化学。ドイツワッカーケミー社ミュンヘン本社、ワッカーケミカルズイーストアジア(株)勤務を経て、'02年(株)シクロケム設立、代表取締役に就任。東京農工大学客員教授、日本シクロデキストリン学会理事、日本シクロデキストリン工業副会長などを兼任。趣味はテニス。

ともかく食べ物に興味があって、農学部を志望。自由闊達な雰囲気のなか、大学・大学院時代を過ごす

寺尾:かなり前の話になると思いますが(笑)、まずは、平田先生がそもそも農学を志した理由からお聞かせください。

平田:僕は戦後5年経った1950年、九州の田舎(福岡県飯塚市)で生まれまして、幼い頃、あまり食べ物がなかったんです。週2回お米の配給があって、それを取りにいった記憶があります。それで、母親に連れられて山によく入り、食べられるものをいろいろ採取したものです。ほとんど食べ尽くしたと思います(笑)。山の花も好きでした。春の頃は、緑の中に山桜の花が薄紅色にぽおっと色づいて綺麗でした。そのうち、そこに藤の花が覆うように咲いたりして…すると、あの下にはわらびがあるだろうと察しがつき、僕としてはますますわくわくするわけです(笑)。ともかく食べ物に興味があって、小学生の頃から迷いなく農学部に行きたいと思っていました。

寺尾:私は1957 年、岡山県の生まれでして、平田先生の7歳下ということになりますけど、世間一般、食糧に不足していたという覚えはありませんね(笑)。

平田:大学受験の年が1969 年で、このとき、東大が入学試験を中止したため、兄が名古屋に在住していた関係などもあって、名古屋大学を志願することになりました。名古屋大学理学部には、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠先生、益川敏英先生も学んだ坂田教室がありました。私もその近辺で学びました。両氏がいわれているように、この教室はまさに坂田昌一先生の「物理学教室の運営は民主主義の原則に基づく」という考えのもと、学生・院生・助手・講師・助教授・教授の立場に関係なく皆平等で、自由に研究や討議する活気にみなぎっていました。僕自身は農学部ですが、友人に理学部の学生が多かったこともあり、まさしく自由闊達な雰囲気のなか、大学・大学院時代を過ごすことができました。

寺尾:博士論文のテーマに「ナス科植物の接木(つきぎ ※2個以上の植物体を、人為的につくった切断面で接着して、ひとつの個体にすること )変異に関する遺伝学的研究」を選んだのも、この自由な雰囲気と無関係ではないのでしょうね。

平田:その通りです。修士論文も同じテーマでしたが、かなりリスクが大きいわけです。遺伝学的研究は結果が出るまでに長い時間を要するとともに、推論通りの結果が出ない可能性をはらんでいます。また、遺伝学の根本問題であり、論争分野のテーマのひとつであった、「セントラルドクマは片手落ち( ※DNA上の遺伝子は一旦mRNAへ転写され、その後タンパク質に翻訳されるわけですが、セントラルドクマとは、このDNAからRNA、RNAからタンパク質という一連の流れを指します。1964年、クリックによって打ち立てられ、分子生物学や遺伝情報の理論とされています。それに対して、環境条件や代謝の異常がおこれば、正常な機能が障害され、遺伝子の働きに変化が生じ、細胞やゲノムが正常状態を保てなくなることはすでに分子物学分野で示されていました )」という学説を裏付ける大チャレンジでもあったのです。にもかかわらず、このリスクの大きいテーマを受け入れてくれたのですから、やはり懐の深い、自由闊達な学風のおかげというものでしょう。

寺尾:私の場合はまったく反対で、確実に結果の得られるものを博士論文のテーマに選びました。セレン化合物は毒性があり、何より臭いがキツイため、研究テーマとして避けられてきていました。それだけに、取り組みさえすれば、研究成果の出ることがわかっていたのです。それにしても、ともかく臭いが強いので、電車にも乗れませんでしたし、合コンなんて、もってのほかでした(笑)。

平田:それでは、リスクは無かったにしても、大きな犠牲を払いましたね(笑)


ピーマンとトウガラシを合わせて「ピートン」。新しく誕生した雑種で、正式に品種登録も

寺尾:平田先生のつくられた「メロカ( ※メロンとスイカを合わせたもの )」を、私がはじめて目にしたのはテレビでしたけど、反響は大きかったでしょうね。

平田:皆さん、大変驚いたようです。ただし、こうしたキメラ( ※バイオテクノロジーで生み出された合成生物―異なる生物の遺伝子情報を同一個体内にもつ生物のことをキメラと呼びます )を私が最初に手掛けたのは「メロカ」ではなく、トマトとナスを合わせた「トマナ」でした。先に述べた通り、ナス科植物を修士論文や博士論文で扱いましたが、その正体こそ、この「トマナ」です。まず、トマトとナスを合わせますが、テープを貼ったり、ゴムバンドを掛けたり、試行錯誤した結果、ホッチキスで3ヶ所を止めればいいことがわかりました。次に、そこから選抜した種を蒔いて、子どもたちを育て、また翌年、そこから選抜した種を蒔いて育てていきます。これの繰り返しで、いま 30世代以上になっています。もちろん、5本や10本の栽培では子どもたちに表れる現象を取りこぼす心配がありますから、通常、一反(約1000平方メートル)ほどの土地に1000本ほど栽培しています。そうすると、バラツキが出て、ときには突然変異が表れたりもするわけです。ここに世代を超えた素晴らしい発見があるのです。実をいうと、この大規模栽培の重要性に気づくまでに5年かかりました。

寺尾:それにしても、時間が長く掛かりますね。

平田:ですから、研究対象はどうしても1年生植物を選ぶことになります。「接木」は 3000年ほど前から行なわれており、果樹の中心的技術として知られています。昔から、篤農家が接木を駆使しておいしいブドウやナシなどをつくってきたのは周知の通りです。しかし、彼らは栽培技術を高めるのが目的であり、生物として子どもにどのように影響が及ぶかといった視点はもち合わせていませんでした。研究者はそうした原理の探究に臨むわけですが、果樹では追跡に時間が掛かり過ぎて、研究には不向きといえます。そこで、1年生の野菜や小果物などを選ぶことになるのです。

寺尾:「トマナ」や「メロカ」の他にも、ピーマンとトウガラシを合わせた「ピートン」、ゴーヤとキュウリを合わせた「ゴーリ」など、いろいろ興味深いものをつくられていますね。

平田:植物の分類法として、界→門→綱→目→科→属→種の順に細かく分けられていきますが、「科」が同じであれば、ほとんど接木することができます。ひとつ条件をつけるとすれば、若い時期に合体させることです。「ピートン」は以前に研究していた柳下先生から 30年ほど前に引き継ぎ、現在、 50世代ぐらいになっています。「ピートン」のDNAを調べると、ピーマンとトウガラシのDNAがそれぞれ認められ、育種というよりも、新たに誕生した雑種であることがわかります。ですから、正式に柳下先生により品種登録もしてあります。

寺尾:味の方はどんなものですか。

平田:種の選抜を繰り返すことにより、8~10世代で、「品種」として安定がみられるようになります。つまり、あたかもピーマンとトウガラシの接木から生まれたことを思わせるカタチや味わいのものが、バラツキなく収穫できるようになってきます。辛味成分のひとつであるカプサイシンを検査すると、ピーマンでは0%、トウガラシ(ヤツブサトウガラシ)では 0.8~0.9%ですが、これが「ピートン」になると、そのほぼ中間の 0.3~0.4 %を示します。糖度も、ピーマンは6度、トウガラシは思いのほか高くて11 度であるのに対して、「ピートン」は8~10度を示します。

寺尾:ピーマンとトウガラシのいいとこ取りしたのが、「ピートン」という感じですね。農学が人類の食糧事情や環境に対して貢献することを基盤にするように、化学の分野では、私たちの生活を豊かにするために研究・開発が行なわれています。私が中央大学で講師として「工業有機化学」を担当していた1993~2002 年の頃は、この大原則にのっとって講義していました。ところが、有機化学にしても、それほど単純ではなく、環境に対して汚染やオゾン破壊などを招くことに繋がりかねないことがわかってきたのです。いまでは地球の未来に悪影響をおよぼす心配が問われるようになっています。

平田:科学の長足な進歩によって、視野がより広がり、さまざまなマイナス点も明らかにされるようになってきたということですね。それだけに、化学にしろ、物理にしろ、農学にしろ、科学に携わるすべての者が、「サイエンスは素晴らしい」というだけでなく、地球や宇宙に対して責任をもつという認識を求められているのです。

寺尾:これからの科学の立脚点はそこにあると思います。基礎研究にしても、その応用・開発の分野にしても、その点が何といっても重要ですね。日本でも普及するようになったソーラーシステム(太陽光発電システム)にしても、地球にやさしい発明とされていますが、本当だろうかと考えることがあります。地球上の太陽エネルギーの利用バランスを障害することにならないか、気になるところです。

平田:そうした点を考えることが大切なわけです。その結果、地球と宇宙の安定を考えた上で、地球外宇宙で太陽エネルギーを集めて、それを活用してはどうだろうといったプランもいろいろ生まれてくるのだと思います。

寺尾:科学は「責任と希望の時代」を迎えているということですね。



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