抗がんサプリメントの吸収性を高めるα-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリン
抗がんサプリメントを選ぶときもエビデンスのしっかりしたものを
寺尾:がんの予防や治療に役立つ作用をもったサプリメント、すなわち抗がんサプリメントもいろいろ開発されていますが、実際、福田先生が使うときにはどんな点を重視されるのですか。
福田:いちばんのポイントは、効果・効能に対するエビデンス(科学的な根拠)の有無です。ヒトに対する臨床試験の報告があれば、ベストなのはいうまでもありません。たとえば、腸内環境改善作用をもつプロバイオティクス(乳酸菌含有の食品やサプリメント)やプレバイオティクス(食物繊維、オリゴ糖、乳酸菌生成エキスなど)、また抗炎症作用やがん細胞の増殖抑制作用をもつω-3不飽和脂肪酸(DHA<ドコサヘキサエン酸>、EPA<エイコサペンタエン酸>)などは、そうしたエビデンスのしっかりした抗がんサプリメントとして挙げられます。
寺尾:特異な食物繊維として注目される物質に、α-シクロデキストリン(6個のブドウ糖が環状につながったオリゴ糖)があります。難消化性で、胃酸や酵素などの影響をほとんど受けず、大腸に到達します。そして、オリゴ糖と同様、あるいはそれ以上に善玉菌(ビフィズス菌)のエサとなって、その増殖を盛んにし、善玉菌優位に腸内環境を整えるのに役立ちます。
誤解がないようにもう少し詳しく述べると、口から取り入れられたα-シクロデキストリンは、こうして水溶性食物繊維として善玉菌のエサとなる場合と、(環状構造によりつくられた)内部空洞内に脂質性の物質を取り込み、不溶性食物繊維に変身して体外に排出される場合があります。このようにα-シクロデキストリンは水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の働きを併せもち、腸内環境をより効率的に改善する作用を発揮することから、「21世紀の新食物繊維」と呼ばれることもあります。
福田:免疫力を維持・向上させるためには、腸内細菌の善玉菌を優位に腸内環境を整えることがとても大切であり、その意味でも、α-シクロデキストリンの働きはまさしく注目に値するといえます。
寺尾:DHAやEPAががんの予防や治療に効果を示すことは、ヒトに対する臨床試験で明らかにされていますね。
福田:その通りです。DHAやEPAは背の青い魚(マグロ、サバ、ブリ、イワシなど)の脂肪に多く含まれます。毎日、魚を食べているヒトは、そうでないヒトに比べて大腸がんや乳がん、前立腺がんなど欧米型のがんになりにくいという臨床試験の報告があります。さらに、DHAががんを養う血管の新生を阻害して成長を抑制したり、がん細胞が自ら死滅するアポトーシスを引き起こす作用を促進したり、転移を抑えたり、副作用を軽減したりする効果を発揮することも研究報告されています。
寺尾:DHAや EPAは、α-シクロデキストリンで包接すると、体内に取り入れるのにより有効であると考えられます。本来、DHAや EPA は不飽和脂肪酸なので、α-シクロデキストリンはあまり相性が良いとはいえないのですが、一応、くっつけておくことはできます。α-シクロデキストリンは難消化性ですから、胃で酵素により消化されることなく腸まで届くことができます。腸まで来ると、もともと相性が悪い関係なだけにDHAや EPA はα-シクロデキストリンから容易に離れていきます。すると、α-シクロデキストリンの空になったところ(内部空洞)に、相性が良く、またDHAや EPA と逆の作用でLDLコレステロールを増加されたり、がん細胞の増殖を促進する不飽和脂肪酸を入り込み、体外に排出されます。その結果、DHAやEPAはもう帰るところがありませんから、腸壁から吸収されるというわけです。
福田:うまく体内に吸収される流れが期待できるわけですね。
寺尾:さらに、DHAや EPA を体内により効率よく取り入れるための方法として、いま、検討してみようと思っていることがひとつあります。それは、DHAや EPAのカタチで摂るのと、私たちの体内に入ってからDHAや EPA を生成することになるα-リノレン酸(シソ油やエゴマ油、亜麻仁油などに豊富に含まれる)のカタチで摂るのと、いずれが体内でのDHAや EPAの量を高めることになるのかを比べてみたいということです。
福田:つまり、ω-6不飽和脂肪酸はリノール酸⇒γ-リノレン酸⇒アラキドン酸のように代謝されていき、一方、ω-3不飽和脂肪酸はα-リノレン酸⇒EPA⇒DHAと代謝されていくわけです。DHAや EPAのようなω-3不飽和脂肪酸はがんの発育を抑制し、アラキドン酸のようなω-6不飽和脂肪酸はがんの発育を促進するので、ω-3不飽和脂肪酸とω-6不飽和脂肪酸の比が腫瘍の発育に影響することになります。がんの予防や治療には、「ω-6不飽和脂肪酸:ω-3不飽和脂肪酸」の比を低くすることが肝心です。
ともあれ、DHAや EPAをサプリメントで補給しようとする場合、DHAや EPAのカタチで摂るのと、α-リノレン酸のカタチで摂るのと、どちらが効率的かを検討してみるという試みはおもしろいですよね。現在、私のクリニックでは、OEM(受託製造)によるオリジナルの「DHA/EPA」を提供しています。
体に必要なαリポ酸R体だけを安定して供給する「αリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体」
寺尾:αリポ酸も抗がん物質として知られますが、私ども(株)シクロケムでは、その効果・効能を十分に発揮させるために、αリポ酸R体をγ-シクロデキストリンで包接した「αリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体」を開発しています。
福田:αリポ酸はコエンザイムQ10同様に、ミトコンドリアのなかに存在し、ブドウ糖からのエネルギー産生を促す補酵素として作用する物質です。なお、強力な抗酸化作用をもつだけでなく、体内で使われて酸化したビタミンCやビタミンE、コエンザイムQ10、グルタチオンなどの他の抗酸化物質も再活性化して再利用を可能にする作用もあります。抗がん物質として、がん悪化の原因となる活性酸素の除去能を高め、免疫力を向上させるのはもとより、がん細胞のアポトーシスを誘導し、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、がんの発生や再発を予防する効果などが期待されます。
寺尾:このαリポ酸はR体とS体の2種類が存在しますが、私たちの生体内にはR体のみが存在します。R体とS体は、左右が非対称で互いが鏡に映してみえる像の関係(同じ形ではあるが重なり合わない関係)、つまり右手と左手の関係にあります。技術的にはR体とS体、それぞれ単離することが可能です。ちなみに、この左右の物質をつくり分けることのできる触媒「BINAP(バイナップ)」を完成した功績で、野依良治博士は2001年にノーベル化学賞を受賞しています。しかし、工業的には、αリポ酸はR体とS体を等量ずつ含むラセミ体(混合体)が製造されています。というのも、従来、ラセミ体に比べてR体は融点が低く不安定で、熱や酸によって重合化しやすいため、αリポ酸R体を安定に製造することや、サプリメントとして利用することが困難だという問題がありました。
福田:したがって、市販されているαリポ酸含有サプリメントにはラセミ体が使用されています。
寺尾:R体はもともと体内に存在するため体内に吸収されやすく、一方S体は吸収されにくいという特徴があります。そのため、R体とS体が半量ずつのラセミ体の場合、体内に入るのはR体の方が多量になります。つまり、簡単な式にすると、「R体の体内吸収量-S体の体内吸収量=αリポ酸の効果」と表わすことができます。
ところで、αリポ酸の世界的権威である米国・南カリフォルニア大学のレスター・パッカー教授は、「本来、私たちの体に必要なものはR体だけだ」と述べています。そこで、私ども(株)シクロケムは、無駄なS体を排除し、しかもR体の安定性を保持するという課題に対して、独自の方法を用いて、αリポ酸R体をγ-シクロデキストリンで包接し、R体の熱や酸に対する不安定性を改善した「αリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体」を開発したのです。
福田:このαリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体と、αリポ酸R体よりも安定であるといわれているαリポ酸ナトリウム塩を比べると、安定性はいかがですか。
寺尾:熱に対する安定性でも、酸に対する安定性でも、αリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体の方が著しく優位であることが認められた実験データがあります。αリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体では胃酸で100%壊れないことが認められます。
福田:安全性に関するデータはいかがですか。
寺尾:ネズミ10匹に対して高濃度(2000mg/kg)のαリポ酸R体・γ-シクロデキストリン包接体を投与し、急性毒性を調べた実験で、安全性が確認されています。
福田:抗がんサプリメントもどんどんいいものが生まれてきていますね。
寺尾:前回、少し触れたアシュワガンダ(インドニンジン)は、新しい抗がん物質として日の目を見るのにもう一歩のところまできています。
福田:アシュワガンダはサンスクリット(梵語)で「馬」という意味で、アーユルヴェ―ダ医学では馬のような力を得ることができるといって、天然の強壮薬として使われています。近年の研究では滋養強壮作用はもとより、免疫力強化作用、抵抗力増加作用、抗ストレス作用、抗老化作用、脳機能改善作用、抗炎症作用、抗がん作用など多くの効用・効能が報告されています。
寺尾:産業総合技術研究所のアシュワガンダの抗がん作用を研究している細胞増殖制御研究グループ長のレヌーさんから、「いいものなので、何とか医薬品、もしくはサプリメントとして世に出したい。ただし、それには安定性と味(苦味)にまだ問題があるので、シクロデキストリンで包接化してみてほしい」ということで、私どもにコンタクトがあったのです。
福田: 私のクリニックでは、アシュワガンダをインドから輸入していますが、確かに苦味が強いので、患者さんから、飲みにくいとか、吐き気がするとかいった声が届いています。そのため、たくさんの量は使えませんし、また苦味を軽減するための生薬などを新たに加えるなどの工夫もしています。
寺尾:アシュワガンダはγ-シクロデキストリンと相性がいいことがわかり、包接することで、こうした苦味の問題は容易にクリアーすることができました。ところで、レヌーさんらにアシュワガンダを提供していたのが、植物化学専門の素材開発メーカーである(株)常盤植物化学研究所で、アシュワガンダの葉から有効成分を抽出できる技術があるので、それを販売したいということでした。当初、厚生労働省にその旨、話しに行ったところ、アシュワガンダの葉はその根と違って、これまでに食経験がないので認可するわけにはいかないと受け入れてもらえなかったとのこと。葉も根も含有成分はほとんど変わらないにもかかわらず、「未経験」のために眼前で扉を閉められてしまったのです。
ところが、よく調べてみると、厚労省が見落としていただけで、葉にも食経験があることがわかりました。先日、福田先生にもお話しさせていただいたように、レヌーさんの産業総合技術研究所と、(株)常盤植物化学研究所と、福田先生の銀座東京クリニックと、私ども(株)シクロケムの4団体でチームを組んで改めて申し出れば、スムーズにことが運ぶのではないかと考えているところなんです。
福田:寺尾先生のところと(株)常盤植物化学研究所とは以前からお付き合いがあるということでしたね。
寺尾:抗がんサプリメントとは話がそれてしまいますが、グリチルリチンでつながりがあります。じつは、コエンザイムQ10はもちろんのこと、シクロカプセル化コエンザイムQ10でも、私たちの皮膚から吸収させようとするとなかなかうまく入っていってくれません。ところが、グリチルリチンは水に溶ける側と油の溶ける側をもっていて、つまり界面活性剤的な物質なので、シクロカプセル化コエンザイムQ10と一緒にすると、シクロカプセル化コエンザイムQ10が乳化されて、飛躍的に吸収性が高まることが認められたのです。それで、(株)常盤植物化学研究所の立崎社長と、「グリチルリチンで商品化していきましょう」ということになりました。
福田:なるほど。シクロカプセル化コエンザイムQ10は不溶性なので、グリチルリチンの界面活性作用によって乳化させて水に溶けるようにすると、吸収性がグンと高まるというわけですね。
寺尾:そこがポイントです。この話の前に、国立健康栄養研究所と共同で不溶性のシクロカプセル化トリコノエール(ビタミンEの一種)の研究をしていたときに、シクロカプセル化コエンザイムQ10は不溶性であるにもかかわらず、どうしてコエンザイムQ10の吸収性や安定性が高まるのか、そのメカニズムがわかりました。ここで、注目すべきは、腸で分泌されるタウロコール酸(胆汁酸)です。腸のなかの環境と同じようなものをつくり、脂肪を乳化させる作用がある界面活性剤的なタウロコール酸を混ぜると、シクロカプセル化コエンザイムQ10が乳化されていきます。乳化後にコエンザイムQ10が解離して水に溶けるようになったγ-シクロデキストリンは消化酵素によってどんどん分解されていき、やがて消えてしまいます。その結果、自由になったコエンザイムQ10が、腸壁から吸収されていくというしくみです。
福田:タウロコール酸だけでなく、サポニンでも、グリチルリチンでも、界面活性剤的な働きをするものであれば何でも、シクロカプセル化コエンザイムQ10を乳化して、コエンザイムQ10の吸収性を高めるというわけだったんですね。
寺尾:それが、グリチルリチンの件でよくわかりました。「γ-シクロデキストリンによる包接&界面活性剤」の応用の広がりはますます期待できると思っています。次回は抗がんサプリメントと医薬品の相互作用、漢方薬とシクロデキストリンの関係、そしてがんの補完・代替医療の意義などを中心にサイエンストークを展開していきたいと思います。