株式会社シクロケム
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高分子とシクロデキストリンの遭遇(2)

出願した特許は200件以上 紙おむつ用の高吸水性ポリマーでも特許取得

紙おむつの世界を変えたのは、椿本さんの開発した高吸水性ポリマーといっても過言ではないでしょう。パルプの吸水材のなかに高吸水性ポリマーを混合させることで、紙おむつは格段に薄く、使いやすくなったのです。高吸水性ポリマーを開発するまでの裏話や、それを米国のP&Gに売り込むときの苦労話など、当事者ならではの話を聞かせていただきました。また、寺尾社長からは、シクロケムの応用研究・開発の末、この吸水性ポリマーをシクロデキストリンと合体させ、ペットシートとして製品化していることを報告することにも。さらに、椿本さんの研究者としてのお仕事の成果をご紹介いただきました。そのフイールドの広さは驚くばかりです。

アクリル酸のポリマー研究から副産物的に生まれた高吸水性ポリマー

寺尾:さて、日本触媒の将来を担うアクリル酸のポリマー研究は、いかなる着地点を得ることになったのでしょうか。

椿本:まず、アクリル酸ソーダの重合について検討し、分子量にして200~300から500万のポリマーをかなり自由に合成することに成功しました。その結果、低分子量のポリマーはリン酸のオリゴマーやポリマーが用いられている分野に、また分子量500万程度の高分子量ポリマーは増粘剤や凝集剤の分野に進出することが期待できました。「5年以内に目途をつける」という佐久山専務との約束を守り、その最終年に当たる1972年、これら2種のポリマーのプラントを建設することができました。おかげさまで、予定通りに稼動するとともに、販売も順調でした。

寺尾:椿本さんというと、真っ先に紙おむつなどの材料である高吸水性ポリマー(SAP=Super Absorbent Polymer。JIS[=日本工業規格]の定義によると、架橋構造をもつ親水性のポリマーで、自重の10倍以上の吸水性があり、圧力を掛けても離水しにくいものをいう)が思い浮かぶのですが、このアクリル酸のポリマー研究から副産物的に生まれたということですね。

椿本:そうなんです。凝集剤グレード(分子量500万程度)の高分子ポリマーは重合条件がデリケートで、重合条件を誤ると簡単に架橋してゲル状になってしまいます。凝集剤を製造するにはゲルは好ましくないのですが、この水を大量に吸収する性格は非情に興味深いものがありました。何かに使えないかと考えていたとき、たまたま、アメリカ化学学会雑誌『ケミカル アンド エンジニアリングニュース』で、“赤ちゃんはもとより、高齢化社会になると寝たきりの老人や病人も含めて、おむつの必要な人が人口の1割にのぼるようになる”という記事を読んで、紙おむつの吸収材に使えるのではとひらめいたわけです。そこから研究を開始し、アクリル酸を部分中和させ、架橋性モノマーと共重合させることで架橋したポリアクリル酸ナトリウムを開発して、SAPに導きました。このSAPは自重の400~500倍の吸水性をもちますが、加圧のもとでも吸水性を保持するために、ある程度の硬さも求められます。研究者たちはミルク飲み人形を買ってきて、それぞれに好きなアイドルの女の子の名前を付け(笑)、生理食塩水、つまり人口尿を使って、SAPのおむつ用材料としての性能向上の研究に取り組み、製品化にこぎつけたのです。

寺尾:素晴らしい発明ですよね。そして、こうして開発されたSAPを、米国のP&Gに売り込みに行き、やがて「パンパース」の名前で大ヒット作となるわけですね。

椿本:P&Gはジョン・ホプキンス大学よりも陣容の豊かさを誇るという研究所『マイアミバレー・リサーチ・ラボラトリー』をもち、原料や材料に対しても、さまざまな角度から検討・検証が試みられているということでしたが、私どもも、それを如実に体験することになりました。その頃、ニューヨーク市立大学の研究者から、「アクリル酸モノマーが残っていれば、それが発がん性を示す」という発表があり、このときも、P&Gサイドの分析技術の専門家たちが徹底的にSAPを調べました。結局、この発がん物質は見つかりませんでした。また、アクリル酸ポリマーの生分解性も問題になりました。アクリル酸ポリマーは紫外線で分解されることはわかっていましたし、また3種類のバクテリアによって分解されることもすでに明らかにされていたので、この問題も疑問の余地を残すことなく克服することができました。

寺尾:そういえば、洗剤業界などで、アクリル酸ポリマーには生分解性がないので使用できないといった声があがったことがありましたね。

椿本:分子量4000~5000の低分子量ポリマーは水処理剤や洗剤のビルダーとして用いられているのですが、そうした生分解性の疑問に応えるために、研究員のひとりに指示して、分解菌を探させました。すると、推察した通り、長年にわたってポリアクリル酸ソーダを生産してきた姫路工場の土壌から3種類の菌が見出されたのです。この菌の存在は、SAPの場合にも有効であることが確認されており、それで、P&Gの質疑にも、すぐに答えられる用意があったというわけです。

寺尾: 高分子は人間がつくったもので、人間がつくったものは自然界のなかで分解されなければ、公害のモトとなってしまいます。つまり、生物が死ぬと、微生物によって分解されて最終的に水と二酸化炭素になるように、どんなにいい用途のものができても、自然界で分解する物性がなければ、世のなかには出せないということですね。

椿本:SAPのプラントも他社の3分の1の建設費を掛けた設備でつくれるように工夫し、原価に反映させるようにしました。SAPはねっとりした性状をもっているのですが、お米のアナロジーで、ベタっとしたら水蒸気で蒸してふっくらさせるようにしたというわけです。ともあれ、P&Gのドクター・アーリーから、「私は、あなたの会社を選んだことを誇りに思っている」といわれたときには嬉しかったですね。契約を結ぶまで、全方位的に厳しい製品チェックをいろいろ受けて、はらはらドキドキの連続でしたが、いまから思えば非常に面白い仕事でしたね。それにつけても、いつも研究を自由にやらせてくださった佐久山専務が生きて居られたら(1978年、米国で交通事故に遭い急逝されました)、どんなに喜んでくださったかと思うと残念でなりませんでした。

シクロデキストリンで香料を包接し、SAPと合わせることで吸収性と消臭効果にすぐれたペットシートに

寺尾:椿本さんの手掛けたSAPと私どもシクロケムのシクロデキストリン包接技術をドッキングさせた応用開発があります。シクロデキストリンは香料を包接することで、長期に渡る高い消臭効果も加味されることから、SAPを使っているペットシートに配合されているのです。従来、ペットシートには消臭効果を期待して、活性炭などが使われているのですが、数日が経過すると、尿中のタンパク質がバクテリアなどにより分解されて、アンモニア臭やイオウ臭をどうしても発散することになります。ところが、シクロデキストリンに香料を包接しておくと、バクテリアなどを寄せ付けない抗菌作用を示すので、1週間近くは臭いを抑えることができるのです。

椿本:P&GにSAPを売り込んでいた当時も、消臭は重要な課題でしたが、これといった解決策はありませんでした。赤ちゃんのおむつの場合、世話する人が母親で、その愛情の深さもあって臭いはあまり問題にならないということもありましたし…。いまや、シクロデキストリンの利用によって、消臭の課題もクリアできたことになりますね。

寺尾:ですから、将来的には、このSAPのシクロデキストリン加工物を、赤ちゃん用はもちろん、介護用のおむつにも使用してもらえるようにしていきたいと考えています。

椿本:ところで、海水に対しては、SAPは適応しませんでした。それで、カルシウムやマグネシウムを含む海水とうまく適応できるポリマーとして、水分を吸収する点に着目して、スルホン酸のポリマーもつくりました。酸性亜硫酸ソーダに酸化エチレンを付けてイセタオン酸にし、これをメタクリル酸でエステル化して重合させると、スルホン酸のポリマーが出来上がります。これらの原料は、酸性亜硫酸ソーダ以外は日本触媒の自社原料を用いているので有料です。これは、光ファイバーケーブルに利用されていて、表面の被覆剤はゴムですが、そのすぐ下の層にスルホン酸をもったポリマーをまぶしたテープを巻いています。たとえ表面のゴムが破れて海水が入って来ても、スルホン酸のポリマーがそれを吸収してシールするという作用を示すのです。

寺尾:スルホン酸のポリマーをつくるに際しては、生体内のしくみを応用したということはあるのですか。たとえば、生体内の膝の関節をみると、軟骨がクッションの役目を果たしていますが、この軟骨を顕微鏡的に観察すると、コラーゲンの線維が網目状になっていて、そのなかにコンドロイチン硫酸やケラタン硫酸、ヒアルロン酸などが詰まっていて水分を保持しているのがわかります。つまり、コンドロイチンやヒアルロン酸などは硫酸やリン酸と組み合わさることで、水を吸収するように自然にできているわけです。なお、これらコンドロイチン硫酸やケラタン硫酸、ヒアルロン酸などは、体内でグルコミサンから生合成されています。

椿本:私は生体から学んだということはありません。あくまでも化学的な視点からその構造を考えて行きました。

寺尾:では、結果として天然に近づいたということであり、素晴らしいですね。

椿本:オリンパスの広告キャッチフレーズに「宇宙からバクテリアまで」というものがありましたが、ミクロからマクロまで、幅広い分野で開発された製品が応用されるようにといろいろ考えていたものです。その意味で、吸水剤として、おむつから光ファイバーケーブルまでカバーしたのはまずまずだったのではないでしょうか。

寺尾:市場を広げるにはやはり、情報が大切であり、私もTVを観たり、本や雑誌を読んだり、人と話したりして、あちらこちらにアンテナを張るようにしています。それが大いに役立つわけです。

椿本:その他にも、アクリル酸では、分子量20万程度の中分子量ポリマーをつくり、油井掘削用の泥水(Drilling Mud)の添加剤として工業化しました。また、セメントの減水剤として、ポリアクリル酸とエチレングリコールとのグラフトポリマーの形が高性能を発揮することを見出して、企業化しました。この減水剤は東京湾のアクアラインの基礎工事や、本州・四国架橋の橋脚工事にも使用されました。さらに、ベンゾグアナミンの応用研究を発展させた仕事として、この樹脂を乳化し、蛍光塗料で染めた後、硬化したものを取り出した、直径数ミクロンの球状粒子は昼光蛍光色顔料として商品化されました。球径の均一な球状粒子の製造技術も確立し、これは液晶パネルのスペーサーとして使用されています。挙げていったらきりがありません…まあ、いろいろ研究・開発し、そして販売してきたというわけです。

寺尾:それにしても、出願した特許が200件を超えるというのは驚きであり、何より、その広範囲にわたる仕事ぶりには脱帽するばかりです。


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