健康食品を肯定する指標は科学的根拠の有無にあると明言
2009年10月掲載(この記事の内容は取材当時の情報です。)
大野 智さん
東京女子医科大学 国際統合医科学インスティテュート特任准教授・医学博士
'98年島根医科大学医学部医学科卒業後、同大学第二外科学講座(現・島根大学医学部消化器・総合外科学講座)に入局するとともに、同大学大学院医学研究科形態系専攻腫瘍学に入学('02年修了)。'02年金沢大学補完代替医療学講座客員助手、'05年大阪大学機能診断科学講座特任研究員、'06年金沢大学補完代替医療学講座特任助教授、'07年金沢大学臨床研究開発補完代替医療学講座特任准教授を経て、'09年東京女子医科大学国際統合医科学インスティテュート特任准教授に就任。研究分野は腫瘍免疫学、がんの補完代替医療(主にヒト臨床試験)。日本外科学会、日本癌学会、日本緩和医療学会、日本東洋医学会、日本補完代替医療学会などに所属。
寺尾啓二
(株)シクロケム代表取締役 工学博士
'86年京都大学院工学研究科博士課程修了。京都大学工学博士号取得。専門は勇気合成化学。ドイツワッカーケミー社ミュンヘン本社、ワッカーケミカルズイーストアジア(株)勤務を経て、'02年(株)シクロケム設立、代表取締役に就任。東京農工大学客員教授、日本シクロデキストリン学会理事、日本シクロデキストリン工業副会長などを兼任。趣味はテニス。
医師は健康食品の知識がないならば「わからない」と答えることが必要
寺尾:大野先生とはじめてお会いしたのは今年(2009年)の夏、お互いに講師として招かれたメディカルサプリメントアドバイザー※の認定講座でした。当日、私の次に講演されたのが大野先生で、そのお話を興味深く聞かせていただきました。医師が、薬を服用している患者さんから健康食品(サプリメント)の飲み合わせについて相談があった場合、医師によって、対応の仕方が異なるということでした。
大野:その健康食品の知識がある医師であれば、患者さんの相談に応じることができます。問題なのは、医師に知識がない場合で、どう答えるかでふたつのタイプがみられます。ひとつは、「わからない」と率直に伝えるタイプ、もうひとつは、わかっているふりをして、「止めておきなさい」と告げるタイプ。その製品について知識をもっていないのであれば、闇雲に止めるのではなく、「わからない」と答えることも必要であると述べました。
寺尾:それにしても、医師が、わからないことを「わからない」といえることは、それだけで凄いことなのだろうなと思います。ところで、大野先生は日本における補完代替医療研究※のパイオニアのひとりなわけですが、この道に進まれた経緯をお話しいただけますか。
大野:いまから11年前(1998年)、私は島根医科大学医学部を卒業し、同大学の消化器外科に入局しましたが、地方の大学病院ということで、市中病院で手に負えない進行癌の患者さんが多く入院していました。若い研修医ということで親しみやすかったせいか、患者さんから、教授回診のときは隠していて陰で使用している健康食品について、こそっと相談されることがよくありました(笑)。
しかし、たとえばアガリクスやメシマコブについて、「薬と一緒に摂取しても大丈夫?」「ホントに効くの?」といった質問をされても、答えることができませんでした。というのも、医学部で勉強した6年間、食品関係の講義は一切なく、栄養学さえ学んできていないのです。ですから、胃を切除した術後の具体的な食事メニューはどのように注意したらいいのかといった指導も、管理栄養士にまかせていたのが実情です。
そんなわけで、患者さんからの健康食品の質問にきちんと答えられるようになるためにも、このままではまずいのではないかと引っかかるものがありました。また、大学に在学中から、東洋医学に興味を持っていました。こうした思いが根底にあったものですから、大学院修了に伴い、知り合いの先生から金沢大学でスタートする補完代替医療学講座の客員助手の話をいただいた際、引き受けることにしたのです。もちろん、栄養学を含めて、一から勉強をやり直すことになりました。
寺尾:この金沢大学の補完代替医療学講座が、日本の医学系で補完代替医療が本格的に研究されることになったはじめてのケースですか。
大野:薬学部では天然物の、また農学部では食品の効果・効能などの研究が行なわれてきていましたが、医学の分野でははじめてだと思います。運よくというか、この年、厚生労働省により組織された「我が国におけるがんの代替医療に関する研究」班のメンバーにも入ることができました。
私はもともとがんを専門としていましたから、“がんの代替医療”の研究は文字通り、自分にぴったりなテーマといえました。この研究班の助成金で、がん患者さんにおける健康食品の利用実態の調査をはじめ、健康食品の安全性や有効性の問題点を明らかにすることなどに取り組むことになりました。
寺尾:こうして金沢大学で3年近く過ごした後、大阪大学で機能診断科学講座の特任研究員として1年近く勤め、再び金沢大学の補完代替医療学講座に今度は特任助教授として戻られるわけですね。
大野:そうです。金沢大学に戻った2006年からは、同大学の附属病院でがんの免疫療法にも取り組みはじめました。がんの通常療法では、手術・化学療法(抗がん剤)・放射線性療法を3本柱としますが、それらが効力を発揮しない患者さんに対して、臨床試験というかたちで免疫療法が行なわれるようになったのです。その際、患者さんからは、健康食品をはじめとしたさまざまな補完代替医療についても相談を受けることがあり、補完代替医療への関心が高まっていることを肌で感じるようになりました。
そこで、この金沢大学の時代、私は、医療機関でがんの治療を受けながら補完代替医療とどのように向き合い、利用したらよいかを考えるための「がんの補完代替医療ガイドブック」(編集:厚生労働省がん研究助成金<課題番号:17-14>「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班/現在はウェブサイトでのみ閲覧が可能:http://www.shikoku-cc.go.jp/kranke/cam/index.html)を作ったり、相談外来を開設して患者さんの補完代替医療に対する相談に応じたり、健康食品の安全性や有効性を調べるために患者さんを対象とした臨床試験(ヒト臨床試験)に取り組んだりしました。
その後、2009年4月、東京女子医科大学国際統合医科学インスティテュートに特任准教授として赴任しました。健康食品のヒト臨床試験を実施するに当たっても、東京のほうが人間の数が多いだけにやりやすいだろうと期待したのが、移動の大きな理由です。
寺尾:「統合医科学」と名付けられているのは、現代西洋医療と補完代替医療を組み合わせることで、患者さんの身体と精神を統合的に考えて治療を行なう「統合医療」を意味するわけですね。
大野:もうひとつ、基礎研究と臨床試験を統合的に考えるという意味合いも兼ねています。
健康食品を選ぶポイントは、身をもって“効果の実感” “経済的な納得”を検証すること
寺尾:私が親しくしている同年輩のクリニックの院長と、医療現場での健康食品の利用状況について話すことがあるのですが、年輩の医師ほど、医薬品でなければ認めず、健康食品など歯牙にもかけない人が少なくないということです。その一方で、がんの患者さんには、健康食品を使っている人はたいへん多いことがわかっています。
大野:2005年に発表されたデータ(於厚生労働省「我が国におけるがんの代替医療に関する研究」班による実態調査)によると、44.6%のがん患者さんが何かしらの補完代替医療を使っていることが明らかになっています。およそ2人に1人が利用しているわけです。具体的に何を利用しているかという質問については、「健康食品」と回答した人が圧倒的に多くみられました。
なお、がんに携わっている医師に対するアンケートでも、健康食品に対して否定的な医師は確かに多いのですが、彼らが否定するだけの知識をもっているかというとおおむね、そうとはいえないのが実情です。
寺尾:大野先生自身は、健康食品に対してどのように考えていらっしゃるのですか。
大野:基本的に否定はしていません。だからといって全面的に肯定もしていません。つまり、効くか効かないかが、科学的に実証されていないのであれば、否定も肯定もできないということです。ヒト臨床試験で科学的裏付けをきちんと取ることによってはじめて、肯定できるものと考えています。
寺尾:患者さんとしては本音をいえば、健康食品について医師ともっとコミュニケーションをもちたいと望んでいるでしょうね。
大野:実際、私の接した患者さんたちの多くも主治医とコミュニケーションを取りたがっていましたし、また隠しながら使うことに後ろめたさを感じているようでした。
2年ほど前になりますが、私が金沢大学の相談外来にいたとき、患者さんから健康食品の相談を受けると、まず服用している医薬品との相互作用や副作用の症例報告などをチェックして、問題があれば、その旨を伝えて止めさせました。問題がないようであれば、「パッケージにはこう書いてありますよ」「内容成分はこうなっていますよ」と説明したうえで、「とりあえず1ヶ月ほど使ってみて、“効果を実感できるかどうか”“経済的に納得できるかどうか”を検証してください」と助言するようにしていました。
その結果、「これはいい」と思えば、続けて使ってみればいいし、逆に、「これはいまひとつだ」と思えば、合ってないかもしれないわけで、止めたほうがいいということになります。身をもって、トライ&エラーのチェックをして答えを出してもらうようにしていました。
また、患者さんによっては何種類もの、ときには10種類を超える健康食品を摂っていることがあります。そのため、同じビタミンなどの成分が重なって、凄い量を取り込んでいることも多々みられました。こうしたケースでは、「とりあえず1種類ずつ試してみてはどうですか」とアドバイスして、先に述べたように1ヶ月のトライ&エラーのチェックをしてもらうようにしました。ともあれ、マニュアルがありませんから、ケースバイケースで相談に応じることにならざるを得ません。
寺尾:ここ数年の動向でしょうが、日本癌治療学会など学会が主催するシンポジウムのテーマとしても、「健康食品」がよく取り上げられるようになってきているようですね。
大野:そう思います。ここ数年の動向といえば、緩和医療や薬剤などの分野で、健康食品について、患者さんと前向きにコミュニケーションを取ろうとするような動きが出てきています。金沢大学では、薬剤部長に理解があって、病棟薬剤師が入院患者さんを巡回して、「いま、何か健康食品を使っていますか」といった質問することをはじめています。医薬品との併用により、医薬品の効果を損ねたり、副作用を起こしたりする障害を回避するために、もはや健康食品は無視できない存在というわけです。
寺尾:健康食品にも、がん患者さんが使うものから、ひざ痛の改善や疲労の軽減、肥満の解消などに使用するものまでいろいろな種類がありますが、次回は健康食品の安全性や製品としての安定性の問題に焦点を当てて話を進めていきたいと思います。