一世を風靡した「ビバーチェ」シリーズ 素肌がほのかに香るコロンの鍵
- 商品名
- ビバーチェ パウダーコロン
- 会社名
- 株式会社資生堂
- カプセル
- ヒドロキシプロビル化β-シクロデキストリン(HP-β-CD)
- その中身
- 香料 ⇔ 汗・体臭成分
- 開発
- 1989年~
- 発売
- 1993年5月
みんなビバーチェだった
「素肌が香る。ほのかが続く。」
1993年、当時の女子中高生を中心に大流行した『ビバーチェ』シリーズ。今ではすっかり大人の女性になった彼女たちも、ふと思い出してこのコロンをつけると、ちょっぴり背伸びをしていたあの頃の甘酸っぱい思い出が、たちまちよみがえってくるのです。「夏といえば『ビバーチェ』だった!」、「香水やコロンは好きじゃなかったけど、これだけは好きだった」という人も。廃番になったことを惜しむ声は根強く、いまだにネットオークションで買い求める人が多いとか。
半径30cmのほのかな香り
資生堂が実施したアンケートでは、若い日本人女性の8割が、「フレグランスは微香性で長持ちするものがいい」と答えています。『ビバーチェ』のねらいはまさにコレ。香水では香りが強すぎるし、コロンでは香りがすぐ消えてしまう…、日本人女性らしいそんなジレンマを解消するコンセプトでした。たちまち若い世代の支持を集めたのもうなずけます。
最初に発売されたのは、液体と粉末が混ざった『パウダーコロン』。香料は環状オリゴ糖の中に包接されているため、つけてすぐには揮発することなく、肌の表面にとどまります。そして、汗など少量の水分を感知すると少しずつ香料を放出。この汗が、まるで香りのスイッチを入れるように働くのです。そのため、ほのかに優しい香りが長時間持続する、というものでした。しかも、香料を放出した環状オリゴ糖は、代わりに皮脂や体臭成分を包接し、体臭を防ぐのです。
肌にも優しい環状オリゴ糖、HP-β-CD
ここでちょっと質問です。香水は「香りの水」と書きますね。水に香りのエキスをポトッと溶かしたら作れるのでは?などと思っていませんか。しかし実際のところ、化粧用の香料成分は普通、水にほとんど溶けません。
それをなんとか溶かすために、界面活性剤を使うのが一般的なのですが、『ビバーチェ』シリーズでは、化粧品の主要原料である界面活性剤を排除し、その代役を環状オリゴ糖が務めたのです。 『ビバーチェ』で採用されたHP-β-CDという物質は、環状オリゴ糖を元にして人工的に加工を施した物質のひとつで、β-シクロデキストリンの環の外に「飾り」(HP=ヒドロキシプロピル基)が付いています。この飾りのおかげで、普通のβ-シクロデキストリンより水溶性が格段に高く、界面活性剤を使わなくても香料を水に充分溶かすことができるのが特徴です。
しかも、代役を務めたこのHP-β-CDは界面活性剤の役割をしのぐ様々な能力を持っていました。研究の結果から、肌に大変優しいことがわかったのです。肌につけた香料が皮膚の内部に浸透していってしまうと、刺激につながる場合があるのですが、香料をHP-β-CDに包接させた場合は、界面活性剤を使った場合に比べて肌への浸透も少なく抑えられ、刺激も少なくてすむのです。
HP-β-CDはほかにも、優れた保湿効果、皮膚のキメを整える効果、皮脂成分の抑制効果、と、肌に優しい特徴を多く備えています。肌荒れの改善効果は、現在最も優れているとされるグリセリンに勝るとも劣らない、という研究結果もあります。自然の恵み=環状オリゴ糖の不思議さを感じてしまいませんか。
3つの難関
当時(株)資生堂研究開発本部の主任研究員だった松田伯氏はHP-β-CDに無限の可能性を感じ、熊本大学の上釜兼人教授(元・シクロデキストリン学会会長)とともに研究に着手しました。当時、すでに数多くの研究がありながら化粧品への応用に結びついていなかったHP-β-CDをぜひとも自分たちの努力によって、新しい化粧品として世の中に送り出したい、と考えたのです。何事も新しいことをするときには障壁がつきもの。「『ビバーチェ』の開発には3つの難関がありました」と、松田氏は振り返ります。
まず、すでに取得されている特許と権利がかぶらないようにしなければなりません。そのために松田氏と上釜氏はベルギーの製薬会社と何度も連絡をとり、ついには現地を訪れて話し合いをもち、ようやく理解を得ました。
また、当時はHP-β-CDそのものがまだ化粧品の原料として許可されていなかった時代。未許可の物質を使おうとするならば、厚生省(現在は厚生労働省)に申請、認可されなければなりません。その堅い扉を開くには、多くの資金と人材を投入して安全性等の膨大なデータを揃える必要がありました。例えばパッチテストとよばれる実験は、48時間閉塞塗布してその反応をみるもの。普通の水でも反応が出る人もいるほどの厳しい実験です。
それらのテストを見事クリアし、晴れてHP-β-CDが化粧品原料としての認可を受けた後も、製品化という難関がありました。どんなにすばらしい種も、その価値を認め、協力して育て、花咲かせてくれる人がいなければ、無駄になってしまいます。幸運にも、よき理解者である製品開発研究者の協力を得て、ビバーチェシリーズが花開いたのです。この成果により松田氏らは最優秀商品開発賞を受けました。
次々と広がる応用範囲
パウダーコロンの後も続々と新商品が開発されました。『クールコロン』は、汗をかくとひんやりして、適度に汗を押さえ、ほのかで上品な香りが持続するもの。これはひんやりする香料を包接させたものでした。
髪用のフレグランス『ヘアフレッシュ』も発売されました。盛り場などタバコの煙が充満している場所に行くと髪の毛にタバコのニオイがついてしまいますが、このフレグランスは、香料を放出するのと引き換えにタバコ臭成分を環状オリゴ糖に包接して閉じ込めてくれるのです。
HP-β-CDの包接技術はその後も、うるおいが持続する口紅やスキンケアなど、機能性を高めた製品に広く応用されていきました。『ビバーチェ』という名前のコロンは廃盤になったものの、その技術は多くの特許権に発展して大きく育ち、今も同社の重要な財産になっています。
松田氏は同社を定年退職された現在も、化粧品技術コンサルタントとして若手研究員の指導にあたっています。その中から次代の松田氏が生まれるかもしれませんね。
「シクロデキストリンとその新しい応用」(資生堂社内報1993年度)
「2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンによる香料の複合体化と放出制御」
田中宗男、中村哲治、伊藤建三、谷口和世、松田伯、上釜兼人(日本香粧品科学会誌Vol.17 No.2 1993)
「ビバーチェの開発」松田伯(日皮協ジャーナル 1995 18巻No.1)
引用:『世界でいちばんちいさなカプセル』より